名古屋地方裁判所 昭和59年(モ)844号 判決 1988年7月15日
申請人
大矢均
申請人
渡辺真和
申請人
細江辰也
申請人
佐藤英機
申請人
恒川周市
申請人
加藤一美
右申請人六名訴訟代理人弁護士
杉浦豊
同
鈴木泉
同
渥美玲子
同
水野幹男
同
冨田武生
同
宮田陸奥男
同
小島高志
同
竹内平
同
岩月浩二
同
渥美雅康
被申請人
ナトコペイント株式会社
右代表者代表取締役
粕谷菊次郎
右訴訟代理人弁護士
山田靖典
同
齋藤勉
同
加藤茂
山田靖典訴訟復代理人弁護士
坂口良行
主文
申請人らと被申請人との間の名古屋地方裁判所昭和五七年(ヨ)第一九〇八号仮の地位を定める等仮処分申請事件につき、同裁判所が昭和五九年九月二八日にした仮処分決定を認可する。
訴訟費用は被申請人の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 申請人ら
主文と同旨
二 被申請人
申請人らと被申請人との間の名古屋地方裁判所昭和五七年(ヨ)第一九〇八号仮の地位を定める等仮処分申請事件につき、同裁判所が昭和五九年九月二八日にした仮処分決定を取り消す。
申請人らの申請をいずれも却下する。
訴訟費用は申請人らの負担とする。
<以下、事実略>
第三 当事者双方の疎明関係は本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれをここに引用する。
理由
一~五(略)〔「原告」を「申請人」と読みかえれば、前掲本訴事件とほぼ同一内容である〕
六 小括
1 以上のとおり、被申請人の主張する本件配転の業務上の必要性合理性については十分に首肯することができず、本件配転を実施するについて、申請人ら及びナトコ労組に対し前記のような不利益や支障が生じるのもやむをえないと認めることはできない。
そして、これらの点と前記二ないし五で疎明された諸事実とを彼此綜合して判断すれば、本件配転は申請人大矢外五名のナトコ労組加入及び同組合での組合活動を嫌悪し、ナトコ労組の弱体化を企図して行った不利益取扱であり、また、申請人大矢、同佐藤については、第一義的には組合自治の問題である組合員の範囲に関する被申請人の主張を本件配転によって事実上実現させたもので、これはナトコ労組に対する支配介入というべきものある。とすれば、本件配転は、労組法七条一号、三号の不当労働行為であると結論せざるをえない。
2 右の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、本件配転命令は無効であると一応認められ、従って、これに基づきなされた本件一次及び二次解雇も無効であって、申請人らはいずれも本件配置転換命令目録前記の配置転換先において勤務する義務はないところである。
しかるに、被申請人は申請人らの地位を争い、申請人らの就労の要求を拒絶していることは前記のとおりであるから、申請人らは被申請人に対し民法五三六条二項に則り従業員としてそれぞれの地位に応じて支払いを受けるべき賃金その他の請求権を取得したものというべきである。
3 被申請人は、申請人佐藤は本件解雇の後原職復帰の意思を喪失している旨主張するので判断するに、(証拠略)によれば、同申請人は昭和五八年三月一七日から自宅近くのマンションを借り受け、兄弟からの借金六五〇万円に自己資金二五〇万円を投じて、「マイカップ」の屋号で喫茶店を開店し、以来妻ともども同店の営業を続けてきており、そのため、組合と被申請人との団交の場所にも殆んど出席することがなく、被申請人会社に就労を求めて来たことも数回程度しかないこと、しかし一方、右喫茶店の開業後現在までの営業状況は、毎月の売上高は平均八〇万円前後であるが、経費(このほかには妻に対する専従者給与分月額一〇万円程度が含まれている。)を差し引くと年間二〇数万円程度の収入にしかならず、営業成績は不良で将来好転する兆しもないこと、同店の経営が予想外に家族生活に種々の支障を生じさせていることもあって、同申請人は被申請人が自己の原職復帰を認めるならばいつでも右喫茶店の経営を止め、原職に復帰したいとの強い意向を持っていること、ところで、同申請人がこのような喫茶店を始めた動機は、被申請人から本件配転を命ぜられ、その撤回を求めて交渉したけれども結局本件解雇の意思表示を受けるに至り、更に組合と共にその撤回闘争に入ったが、被申請人の態度は強硬で容易に解決の見通しも立たず、紛争の長期化が予測されたことから、本件解雇撤回闘争を強力に維持、推進するため、自己の生活を安定させるとともに組合活動も資金的に支えて行こうということにあったことが一応認められる。これらの事実に照らすと、同申請人が本件解雇の後喫茶店を経営していて、原職復帰の要求活動に殆んど姿を見せないからといって同申請人が原職復帰の意思を喪失したものとは認められないから、被申請人の主張は採用できない。
七 申請人大矢外五名の未払賃金
昭和五七年五月の本件解雇当時の被申請人における給与、諸手当及び夏季、年末一時金に関する規定あるいは協定の内容、申請人らの職制上の地位、年齢、家族構成、毎月の基本給与、諸手当の額、その後逐年、申請人主張のとおり被申請人とナトコ労組との間に、毎年四月ないし七月頃に従業員の賃上げと夏季一時金の協定が、一二月頃に年末一時金の各協定がそれぞれ成立し、申請人らを除く全従業員にこれが支払われてきたことは当事者間に争いがない。
被申請人は家族手当を除く諸手当について、申請人らはいずれも支給要件である所定期間の出勤あるいは担当職務就労の事実がないから各手当の請求権はない旨主張するけれども、申請人らが現実に出勤しあるいはその職務に就けなかったのは被申請人の責に帰すべき事由によったものであることは前示のとおりであるから、これを申請人らの不利益に取り扱うことは許されず、従って、申請人らは勤務すべき日全部につき出勤しあるいは職務に就いていたものとみなすのが相当であるから被申請人の右主張は採用できない。
被申請人は各年度の賃上げ額決定の際の申請人らの能力評価をABC三段階のうち最低ランクのCとすべき旨、一時金額算定の際の能力賞与査定分についても申請人らの能力評価を1ないし5段階のうち最低ランクの5とすべき旨主張するけれども、この点も申請人らの右期間中の不出勤を申請人らの不利益に取り扱うことが許されないことは前示のとおりであるから採用できない。そして(証拠略)によれば、昭和五六年秋季の人事異動問題が発生する前の原告らの考課査定が平均的能力ランクである3以上とされていたことに照らし、申請人らの能力ランクをB及び3とするのが相当である。
そこで、前記争いのない申請人らの毎月の給与、諸手当額、一時金に関する規定及び協定に基づき、申請人らの能力評価を右認定の3及びBとして、これにより昭和五七年五月以降翌五八年三月まで及び同五八年四月以降同年八月までの賃金額並びに昭和五七年度夏季及び年末一時金、昭和五八年度夏季一時金額を計算すると申請人ら主張のとおりの金額となる。しかるところ、(証拠略)によれば、被申請人から申請人らに対し昭和五七年六月二八日、申請人らが自認するとおりの金員が申請人らの銀行口座に振り込まれ、申請人らはこれを給与等の一部として受領したことが一応認められる。もっとも、支払われたものとみなすべき給与の額としては、被申請人において申請人らの給与からあらかじめ差し引くことが予定されていた各種保険料、食事代等も加えるのが相当と解されるから、前記申請人らの未払い賃金等から差し引かれるべき金額は、被申請人が前記事実二(申請の理由に対する認否)3の(六)で主張するとおりとなることが一応認められる。
そこで、前記申請人らが支払いを受けるべき賃金等からそれぞれ右被申請人が支払った金額を差し引くと、申請人大矢均外五名の未払賃金並びに一時金は次のとおりとなり、同金額の請求権のあることが認められ、この認定を左右するに足りる疎明はない。
申請人大矢 金六四九万一二七七円
申請人渡辺 金四六七万二二〇三円
申請人細江 金四〇三万四〇九五円
申請人佐藤 金六四九万四五八二円
申請人恒川 金三四七万〇一五一円
申請人加藤 金三四五万四九五一円
八 保全の必要性
1 前叙のとおり本件配転が不当労働行為に該当しこれが無効とされた経緯、情況に照らすと、申請人らには本件仮処分決定一項記載のとおりの地位にあることをそれぞれ仮に定める必要性を肯定することができる。
2 賃金等仮払いの必要性
(一) 申請人恒川周市に供述及び(証拠略)並びに弁論の全趣旨によれば、申請人らはいずれも賃金を唯一の収入として生活する労働者であること、被申請人からは前記のとおり本件解雇のなされた際解雇予告手当等としての金員が支払われた以外は、退職金等何らの支払がなされていないこと、申請人らはナトコ労組の役員あるいは中心的活動家として被申請人の不当労働行為に対し地労委に対し救済の申立て及び実効確保の措置の申立てをし、更に本件仮処分申請に及ぶなど相当長期間に亘ってその対策と準備活動等に取組み、その間相当の活動費等の出費を余儀なくされていること、右費用等捻出のため申請人らのうち一部の者はアルバイトに就くなどして収入を得、申請人ら及び組合の右諸活動費に充てるためこれをプールしているが、その中から申請人らに対しそれぞれの家庭情況に応じて一人平均一〇万円位が生活資金として支給されていることが一応認められる。その他昭和五八年八月当時の申請人らの家族構成、居住環境、名古屋市における昭和五八年四月現在の標準生計費等、後記(二)の(1)ないし(6)以下に認定の申請人らの個別的事情並びに本件に現れた一切の事情を総合すると、申請人らについて右(二)の(1)ないし(6)記載のとおり給与、一時金の仮払いの必要性を認めるのが相当である。
(二) 申請人らの個別的事情と仮払の必要性
(1) 申請人大矢
妻及び小学生の子供三人の五人家族
自動車を保有し、ガソリン代等月二万円、国民健康保険料、火災保険料、自動車保険料等年四万数千円の出費がある。
これまでの預貯金は使い果たし、毎月平均一〇万円位の赤字の生活である。
標準生計費 二六万〇八八〇円
以上により昭和五八年八月までの未払給与及び一時金の合計額六四九万一二七七円の約八割の五一九万三〇〇〇円と同年九月以降毎月、給与額三〇万三九七〇円の約八割の二四万三〇〇〇円を相当と認める。
(2) 申請人渡辺
妻と長男(小学生)長女(保育園)の四人家族
妻は地方公務員として毎月一六万円の手取り収入がある。
三年位前に建売住宅を購入し、金融公庫よりの借入金の返済に毎月九万五〇〇〇円、ボーナス時三五万円の支払が必要。
自動車を保有しガソリン代等毎月二万円の出費があり、共働きのため子供を実家に預け、その世話料として毎月四万八〇〇〇円を支払っていた。
中部食材センターへアルバイトに出て月一二万円位の収入を得ているが、これは前記のとおりプールされ、プール金から同額の支給配分を受けている。
標準生計費は名古屋市のそれに準じて二四万〇四一〇円。
以上により昭和五八年八月までの未払給与及び一時金の合計額四六七万二二〇三円の約八割の三七三万七〇〇〇円と同年九月以降は毎月給与額二二万七〇九二円の約八割の一八万一〇〇〇円を相当と認める。
(3) 申請人細江
妻と幼児二人の四人家族
自動車を保有しガソリン代等月一万五〇〇〇円、国民健康保険料、自動車の任意保険料等月一万数千円、国民年金は延納措置を願い出ている。
生活を切りつめているが毎月二、三万円の赤字である。
印刷関係のアルバイトに就いて月一〇万円位の収入があるがこれは前記のとおりプールされ、同申請人らに配分支給されている。
標準生計費は名古屋市に準じて二四万〇四一〇円
以上により昭和五八年八月までの未払給与及び一時金の合計額四〇三万四〇九五円の約八割の三二二万七〇〇〇円と同年九月以降は毎月給与額一九万一四九二円の約八割の一五万三〇〇〇円を相当と認める。
(4) 申請人佐藤
妻と中学生の子供二人の四人家族である。
前記のとおり喫茶店を開店営業しているが、(証拠略)によると、これによる純収入は妻の分も含めて月平均一〇万円を少し上まわる程度であるうえ、夫婦で喫茶店の営業に従事するようになったことから、子供の教育等について問題が生じ、これに関連して不測の出費を余儀なくされることもあったことが窺われる。
標準生計費 二四万〇四一〇円
以上の事実を総合して昭和五八年八月までの未払給与及び一時金の合計額六四九万四五八二円の約六割の三八九万六〇〇〇円と同年九月以降は毎月給与額二九万七一四二円の約六割の一七万八〇〇〇円を相当と認める。
(5) 申請人恒川
独身
自動車保有、ガソリン代が月三万五〇〇〇円、駐車場代月五〇〇〇円、組合活動等のため自動車は必要不可欠で使用度も高い。
国民健康保険料、自動車保険料、生命保険料等合計月一万二〇〇〇円余
自動車が最近交通事故にあい破損し、買い替えた。その際親から二〇万円を借金、ローンの支払が月一万八〇〇〇円。
標準生計費 八万〇五〇〇円
以上により昭和五八年八月までの未払給与及び一時金の合計額三四七万〇一五一円の約七割の二四二万九〇〇〇円と同年九月以降毎月給与額一六万八二一七円の約七割の一一万七〇〇〇円を相当と認める。
(6) 申請人加藤
独身
昭和五八年五月から塗料販売店へアルバイトに就いている。但しその月収一三万円はプールし、その中から生活費として同額の支給配分を受けている。
もともと生活が苦しく、親から援助を受けるなどしていたが、更に援助を必要とする状態。
標準生計費は名古屋市に準じて八万〇五〇〇円
以上により昭和五八年八月までの未払給与及び一時金の合計額三四五万四九五一円の約七割の二四一万八〇〇〇円と同年九月以降は毎月給与額一七万三七二五円の約七割の一二万一〇〇〇円を相当と認める。
(三) ところで、被申請人は賃金等の仮払いを命ずる仮処分の一般的性格から、その必要性を認めるについては慎重でなければならない旨、とりわけ過去の賃金等については一般的に保全の必要性は否定されるべき旨主張するので判断する。
確かに、満足的仮処分に被申請人指摘のような特性があることは一般的に認められているところであるから、その必要性を判断するに当たっては極めて慎重でなければならないことは被申請人主張のとおりであるけれども、他方、賃金等を唯一の収入源とする労働者が解雇され、その収入を断たれた場合に、当該労働者が生活に困窮し、家庭崩壊の危機を招く虞れのあることもまた一般的に認められるところであるから、こうした一般的事情に加えて、前叙のとおりの仮処分申請人らの個別的生活情況等にしん酌してその必要性を判断することは、決して慎重さを欠いたことにはならないものと思料される。また、過去の賃金等についても、仮処分申請人が仮処分決定のあるまでの間、賃金等の支払いを受けることなくその生活を維持し得た事実は、生活を維持するに足りる何らかの資産なり収入があることを窺わせるといった意味で仮払いの必要性を減ずる一事情となることも確かであるけれども、その期間がさして長くない場合は、その間仮処分申請人らにおいて当座の緊急事態を凌ぐために他から借金するなどしてようやく生活を維持していることも世上しばしば見受けられるところであるから、やはり同申請人らの個別的諸事情に考慮を払うことなく、支払われるべき賃金等が既に過去のものになったということから直ちに必要性を否定するのは相当でないというべきであって、この点に関する被申請人の主張は採用できない。
次に、被申請人は、申請人らが賃金を唯一の収入として生活する労働者であることや被申請人に対する本件解雇撤回等の諸活動のための出費は、申請人らのように解雇された労働者に通常伴う出費であるから、こうした事情は賃金等の仮払いを必要とする高度の緊急性、必要性を基礎づけるものではない旨主張する。しかしながら、賃金を唯一の収入として生活する労働者にとって、賃金の支払いが得られなくなることが、その者の生活に対して甚大な影響を及ぼすものであることは容易に推察されることであり、また、解雇された労働者が組合ともどもその撤回を求めて諸活動に従事することはそれが権利の濫用に亘らない限り正常な活動であり、まして当該解雇が不当労働行為と認められる場合はなお更のことであるばかりか、通常そのような活動に資金が不可欠であることも又明らかである。従って、こうした諸活動のために要した出費を仮払いの必要性を基礎づける事情としてしん酌することは何ら不当なことではないし、賃金等仮払仮処分に限ってこうした事情を捨象して特別の緊急性、必要性を考えることは相当でないというべきであるから、この点の被申請人の主張も採用できない。
更に、被申請人は、申請人らが他において収入を得る外的条件があるのに、自ら働かず、敢えて緊急状態を作り出しているかのようにも主張するけれども、仮処分申請人において被申請人主張のような事情がある場合に、これを申請人に対する仮払いの必要性判断に当たり、必ず消極的事情としてしん酌しなければならないものか否かはさて措き、本件申請人らには、被申請人主張のような敢えて緊急状態を作り出しているといった事情は認められないから、被申請人のこの点の主張も採用できない。
なお被申請人は、標準生計費を基準(上限)としてこれを超える収入のある申請人については、すべからく仮払いの必要性は否定されるべき旨主張するので付言するに、標準生計費といったものが人事委員会において算出、利用されるに至った沿革等に照らすと、賃金等仮払仮処分の必要性判断に当たり一つの有力な目安とされるべきものであることは当裁判所もこれを首肯するにやぶさかではないけれども、それ以上に、必要性判断の唯一、絶対的基準とまでは解されないし、そのような法的根拠も見出し難いところである。従って、これら賃金等仮払仮処分における必要性の判断といえども、基本的には当該仮処分の本質に従い、仮処分申請人の個別的具体的事情を総合してなすのが正当というべきものであるから、申請人ら家族の収入が標準生計費を超えることから直ちに仮払いの必要性を否定するかのごとき被申請人の主張を採用することはできない。
九 結論
以上の次第で、申請人らの本件各申請はいずれも当裁判所が昭和五九年九月二八日付決定で認容した限度で理由があるから、これと同旨の本件仮処分決定を認可することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宮本増 裁判官 根本渉 裁判官福田晧一は転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 宮本増)